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人生の半分くらいをSFに、半分くらいをスト魔女に捧ぐ人のブログ

【一同驚愕】11年目の『年刊日本SF傑作選』に未収録の意外な作家とは

 

 

これまでこのシリーズに収録してきた短編作品は、本書で百八十作を超えた。このペースだと、来年の巻で二百作を突破するのは確実だと思われるが、編者からすると、その中にお名前があって然るべきなのに、該当年度に適当な長さの短編作品がなかった、というタイミングの問題で、登場の機会を逸してしまっている作家が、まだたくさんおられる。特に、ここ四、五年でデビューしてきた新鋭作家については、一人でも多くの作品を年刊に入れておきたいと思っている。

 

上述したのは『プロジェクト:シャーロック』の日下三蔵による「後記」から。一年ごとの年刊傑作選のラインナップのみならず、シリーズ全体で欠ける作家が減らせるようにという配慮がうかがえる。新人への視線も熱く、今年の年刊傑作選には、新ハヤカワSFコンテストや創元SF短編賞やカクヨムやゲンロンSF創作講座などからデビューした作家の作品が増えることだろう。ただ、その一方で、

 

編集の笠原さんから、《年刊日本SF傑作選》十冊目にして牧野修作品初収録と聞いて絶句してしまった。てっきり何度か作品をいただいているものと思いこんでいました。巻末の推薦作リストを見ると河出文庫『NOVA』に寄稿した作品が二本あがっているが、基本的に『NOVA』の作品は採るのを遠慮していたから仕方がない。ここ数年、小説誌に発表された短編を確認してみたが、ホラー寄りの作品がメインであり、作品をいただく機会を逸し続けていたようだ。

 

これは『行き先は特異点』収録の、牧野修「電波の武者」につけられた日下三蔵による紹介文からの一節。大森望日下三蔵の編者二人が、「どの作家が年刊傑作選に収録されているか、いないか」を完全に把握しているという訳でもないようである。このままではどこかで年刊日本SF傑作選が途絶した時、意図せず最後まで入れ忘れていた作家が出て来るのではないか。

 

という訳で本稿の目的は、短編SFを発表しているジャンル作家だが(恐らくは)タイミングの問題で収録されていない人を改めてピックアップして短編を紹介することである。あと何年続くか分からない年刊傑作選に、この人がまだ入っていないということを編者に知らせるアラートとしての機能も果たせればと思っている。また(たぶん編まれるであろう、編まれてほしい)2010年代日本SFベスト集成を編む場合の参考になれば幸いである。ただ、11年分の全短編小説(特に中間小説誌ぜんぶ)をさらうのは事実上不可能なので、今回、取り上げるのは

 

条件1●『年刊日本SF傑作選』刊行開始よりもデビューが古く

条件2●当該期間に「SF」と名の付く雑誌や書籍など(商業誌かつ紙媒体)に3回以上短編小説を寄稿している。

――この二つを条件としている。

 

条件1については、最近のデビュー作家であればいずれ収録される機会もあるだろう、ということである。年刊傑作選巻末の推薦作リストは、とりわけ新人の作品をかなりの部分まで網羅している。

条件2については、極めて保守的な定義にも聞こえるが、単に境界領域や中間小説誌全域まで範囲を広げると私の書く労力が増えて記事を書ききれなくなる、というだけの理由で他意はない。当該期間に「SF」と名の付いた雑誌や書籍となると、主に「SFマガジン」「SFJapan」「NOVA 書き下ろし日本SFコレクション」「SF宝石」及び書下ろし系のアンソロジー、あとは雑誌の「SF特集」になる感じ。この適用により、『日本SF短編50』や『日本SF全集』や『ゼロ年代日本SFベスト集成』に収録されている作家に限っても、大槻ケンヂ乙一菊地秀行佐藤哲也椎名誠篠田節子清水義範古川日出男らの作品が取り上げられなくなる(上記に挙げた作家勢は年刊日本SF傑作選に現在未収録である)。この辺りの作家の短編についてはまたいつか元気のある時に。

 

というわけで、いってみましょう。

 

小松左京賞・日本SF新人賞デビュー系作家

ゼロ年代を代表する2つのSF系新人賞に小松左京賞(2000~2009)と日本SF新人賞(1999~2009)がある。

小松左京賞デビュー作家(かつ年刊傑作選開始以前デビュー)でいえば、平谷美樹、上田早夕里は収録済。未収録の作家でも町井登志夫機本伸司ほかは主に長編での活躍。おおむね傑作選の取りこぼしは無いと思われる。

注意すべきは日本SF新人賞。三雲岳斗、八杉将司、北國浩二樺山三英、黒葉雅人は収録済み。年刊傑作選開始前デビューで、期間内に「SF」の名の付く商業紙媒体に短編を発表しており未収録なのは、青木和、杉本蓮、吉川良太郎谷口裕貴、井上剛、三島浩司、片理誠、タタツシンイチ、木立嶺、中里友香。これらのメンバーのSF短編発表の場は基本的に『SFJapan』だった。

メインの発表媒体である『SFJapan』が2011年春号をもって休刊したために、短編発表の機会が激減したことが未収録の大きな理由だろう。休刊号には受賞者の作品が大量に掲載されている。実は、収録済みと述べた作家勢……三雲岳斗、八杉将司、北國浩二樺山三英、黒葉雅人も、年刊傑作選収録作は全て『SFJapan』初出。従って、2011年を最後に日本SF新人賞受賞作家の年刊傑作選収録は一本もない。

SF Japan 2011 SPRING

SF Japan 2011 SPRING

 

 

未収録作家のうち、2011年以降、「SF」と名のつく商業誌に執筆があったのは

吉川良太郎――『SFJack』書き下ろし「黒猫ラ・モールの歴史観と意見」

●三島浩司――『SFマガジン』2012年4月号「懸崖の好い人」

●片理誠――『SFマガジン』2012年2月号「不思議の日のルーシー」

               2014年6月号「たとえ世界が変わっても」

恐らくこれですべてとなる。

順に、「黒猫ラ・モールの歴史観と意見」は『SFJapan』休刊号「逝きし世のための輪舞(ロンド)」の改題改稿。フランス革命期をスタートにしつつ壮大なスケールで語る猫の物語。

「懸崖の好い人」はひとつまみのファンタジーを加えた盆栽小説。分かりやすいSF性の高さという意味では同じ作者の『第53回日本SF大会なつこん記念アンソロジー 夏色の想像力』収録「焼き付ける夏を」の方が僅かに上か。

「不思議の日のルーシー」「たとえ世界が変わっても」はそれぞれパラレルワールド、ロボットの登場する50年代黄金期SFをしのばせるジュブナイル(後者はジュブナイル特集に収録)。

 

電子雑誌に目を広げると、「月刊アレ!!」2013年2月号が、創立50周年を迎える日本SF作家クラブとコラボし、「消失」をテーマに、【青木和、伊野隆之、井上剛、浦浜圭一郎、樺山三英、黒葉雅人、坂本康宏、杉本蓮、谷口裕貴、片理誠、町井登志夫、八杉将司、山口優】の短編を収録している。が、この本、既に購入できなくなっており、作品タイトルが確認できるだけで中身を読む手立てはもはや存在しない。年刊傑作選にこの特集から選ばれた作品もなかったので、一本も読む方法はない。6年も経ったことだし、SF Prologue Waveに特集丸ごと無料公開しても怒られないのではないだろうか。

 

さて、話題に出たSF Prologue Wave 日本SF作家クラブ公認ネットマガジンには、小松左京賞・日本SF新人賞受賞作家を含むSF作家の無料短編が数多く掲載されているうえに、そういった作家たちが電子書店で販売している短編のPRも行われている。興味のある方は覗いてほしい。リンクはおいてあるのに電子書店が消失してしまって既に読むことができない作品もあったりするのだが……(2012年発表の片理誠「キングのアザーサイド」、伊野隆之「夜明けへの帰還」、八杉将司「宇宙の終わりの嘘つき少年」。Amazonに移したらどうか)。SF Prologue Waveからは、林譲治ショートショート「ある欠陥物件に関する関係者への聞き取り調査」が年刊傑作選に収録されている。

 

ここからは作家一人ずつ。

 

ゼロ年代前半に年刊傑作選があったらポンポン入っていただろうが、まず作品発表数が激減しているので、未収録になっている。

収録範囲では、SFマガジン初出である『南極点のピアピア動画』連作の他には、国際リニアコライダーアンソロジー『ILC/TOHOKU』に「新しい塔からの眺め」が書き下ろされている。アメリカ人物理学者エレン・ベーカー先生(バズったの2016年だけど既に懐かしいですね……)の目を通して描かれる、細部のリアリティに富んだILC稼働後の未来。

ILC/TOHOKU

ILC/TOHOKU

 

 

ゼロ年代前半に年刊傑作選があったら常連だっただろう作家その2。というか、ゼロ年代日本SFベスト集成に入っていないのが不思議。SFマガジン読者賞受賞作の共産圏共感覚超能力姉妹幻想SF「奇跡の石」(『SFマガジン』2000年2月号初出、電子書籍エンゼルフレンチ』収録)を入れるべきだった。

さて、当該期間には『NOVA1』初出の探査機SF「エンゼルフレンチ」が星雲賞候補になるなど話題になったが、個人的には某海外奇想作家のアレを植物にしたような「植物標本集(ハーバリウム)」(『NOVA7』)の方を推す。ちなみに、『NOVA』からは基本的に収録しないという不文律はあるが、実は12冊出た段階で4回(津原泰水「五色の舟」、谷甲州メデューサ複合体」、円城塔「φ」、高野史緒「小ねずみと童貞と復活した女」)が収録されており、3冊に1冊は収録されている計算になる。

『NOVA』からはあまり収録しないという前提でも、SFマガジン07年2月号「口紅桜」(SFマガジン読者賞2位)、SFマガジン08年5月号「トキノフウセンカズラ」(SFマガジン読者賞3位)の植物ファンタジー2本のどっちかは入ってよかったのでは。

ただし、電子短篇集が3冊出された2018年には、電子で3作品が発表されており、「スヴァールバルからの便り」(『植物標本集(ハーバリウム)』収録)、「SHS88」(『エンゼルフレンチ』収録)、「ZOO」(日本ファンタジーノベル小説大賞受賞作家のアンソロジー『万象』収録)、今年こそ収録されるかもしれない。

エンゼルフレンチ

エンゼルフレンチ

 

 

90年代に年刊傑作選があったら(以下略)。

独立した短編で条件に合うのは『NOVA3』掲載の「想い出の家」、SFマガジン掲載2010年2月号「気まぐれな宇宙にて」のみで、プラスSFマガジン掲載の「星界の断章」3編があるのでやや規定違反だがリストに入れた。ただし、年刊傑作選にクオリティの面で推すならば(「想い出の家」を含む幾つかの作品の要素をリミックスしたような)近未来自動運転ショートショート「姉さん」だろうか。

この「姉さん」が収録されている『人工知能の見る夢は AIショートショート集』は人工知能学会誌掲載の作品を集めた、日本SF作家クラブのかかわったアンソロジーである。

収録作家は、若木未生、忍澤勉、宮内悠介、森深紅、渡邊利道森岡浩之、図子慧、矢崎存美江坂遊田中啓文林譲治山口優井上雅彦、橋元淳一郎、堀晃、山之口洋高井信新井素子高野史緒、三島浩司、神坂一かんべむさし森下一仁樺山三英

という、SFを長く読んでいる人ほど、世代も出自もバラバラでバラエティ豊かな顔ぶれに驚くであろう作品集となっている。

人工知能の見る夢は AIショートショート集 (文春文庫)

人工知能の見る夢は AIショートショート集 (文春文庫)

 

 

筒井康隆の「日本SFベスト集成」には入っていたが、大森・日下版には現在未収録。現在では長編・中編(それも長めの)型作家であり、長い方がパワーを発揮できることが響いたか。NOVAシリーズに載った3編のうち「バットランド」(『NOVA4』)、「雲の中の悪魔」(『NOVA8』)はともに短編というより中編である。この2編含め、当該期間の中短編はおおむね『バットランド』に収録されている。『NOVA+ 屍者たちの帝国』初出の「石に漱ぎて滅びなば」は『銀の弾丸』に収録。クオリティで言えば「バットランド」だが、軽妙な中国大返しネタの時代/時間SF「お悔みなさいますな晴姫様、と竹拓衆は言った」(『夏色の想像力』初出、『バットランド』収録)が年刊傑作選にギリギリ入れられそう(60ページ)な分量で最推しの作品である。

バットランド

バットランド

 

 

星新一ショートショートコンテスト出身者として、『異形コレクション』を作り上げた伯爵として、SFファンも決して忘れていない名前ではあるが、それでもやはりホラーのイメージがあるので、今回の条件にあてはまったのは意外だった。該当作は以下。

SFマガジン』2012年 10月号「祝杯を前にして」

『SF宝石』「アフター・バースト」

『SF宝石2015』「伯爵の知らない血族-ヴァンパイア・オムニバス-」

「祝杯を前にして」はブラッドベリ追悼作品、「アフター・バースト」は人工物にとっての死後、「伯爵の知らない血族」はかなり捻った吸血鬼掌編集とやはりホラーとの境界での活躍が見て取れる。中でも「伯爵の知らない血族」に含まれる「ブルー・レディ」は某日本SF作家の代表作を吸血譚にアレンジした作品でSFファンにとって趣深い。「祝杯を前にして」「伯爵の知らない血族」は『夜会』で読むことができる。

夜会 (吸血鬼作品集)

夜会 (吸血鬼作品集)

 

 

基本的には長編型作家だが、当該期間には『ミーチャ・ベリャーエフの子狐たち』連作の中編群と、『伊藤計劃トリビュート』収録の「にんげんのくに」、『NOVA+ 屍者たちの帝国』収録の「神の御名は黙して唱えよ」などがある。

ただなんといっても最も重要な作品は、『ミーチャ・ベリャーエフの子狐たち』の頭2編、表題作と「はじまりと終わりの世界樹」。大森望が年刊傑作選に収録しなかったことを後悔していることも書いていたので、2010年代日本SFベスト集成に収録される可能性もある。ただし「はじまりと終わりの世界樹」は80ページあるので、入るなら陰謀論亜人排斥の渦巻く改変世界アメリカを描く「ミーチャ・ベリャーエフの子狐たち」だろう。

 

テレビっ子でご近所住まいの筒井康隆というか、とにかく独自のワールドを展開する鬼才。90年代にミステリマガジンでデビュー、SFマガジンに主要な活躍の場を移してのちJコレから短編集を出すなどしており、2000年代後半には作品発表がなかったが、2010年以降再始動しており、SFマガジンに以下の3編を掲載。

SFマガジン』2010年10月号「日本怪談全集」

SFマガジン』2011年10月号「卵の私」

SFマガジン』2014年3月号「廿日鼢と人間」

SFマガジン掲載作で好きなのは陰謀とバイオレンスの山城新伍追悼小説「卵の私」かな。2014年には『群像』にも3編の掲載があり(『変愛小説集 日本作家編』に「逆毛のトメ」が再録)、その年にできれば年刊傑作選に入ってほしかったが、最近でも「惑星と口笛ブックス」や『トラベシア』で作品発表を続けている。

 

ライトノベルレーベルデビューで今回の紹介条件(2007年以前デビュー、SF媒体に3編以上)にあてはまる数少ない作家。そして商業SF媒体に発表した短編が全て百合SFという瞠目の経歴を持つ。その作品は以下。

『NOVA7』「リンナチューン」

『NOVA9』「アトラクタの奏でる音楽」

SFマガジン2014年2月号「ナスターシャの遍歴」

この中ではぶっちぎりで「アトラクタの奏でる音楽」を推す。近年の日本の男性SF作家の百合は人死にや破滅や終末系などダークなものが多いが、これは爽やかな近未来京都青春百合である。

NOVA 9 ---書き下ろし日本SFコレクション (河出文庫)

NOVA 9 ---書き下ろし日本SFコレクション (河出文庫)

 

 

日下三蔵編『日本SF全集』最終巻には、秋山瑞人上遠野浩平とともに電撃文庫デビュー勢として収録の予定。上遠野浩平は「製造人間は頭が固い」が年刊傑作選に収録済み。秋山瑞人は当該期間に短編を発表していない。

そして古橋秀之は当該期間、『SFJapan』にショートショート連作「百万光年のちょっと先」を連載していた。「指折り数えて」あたりは入って良かったと思う。2018年刊行の単行本『百万光年のちょっと先』にも書き下ろしあり。『ある日、爆弾がおちてきて【新装版】』書き下ろしの「サイクロトロン回廊」は過去から親戚の「姉ちゃん」がやってくる時間SF。

百万光年のちょっと先 (JUMP j BOOKS)

百万光年のちょっと先 (JUMP j BOOKS)

 

 

 

 

さて――最後にもう一人。

この人がまだ年刊傑作選に収録されていないと気付いた時、私は驚愕した。たぶん牧野修が初収録だと気づいた時の日下三蔵と同じくらいびっくらこいた。『日本SF全集』『日本SF短編50』『ゼロ年代日本SFベスト集成』すべてに作品が収録されており、当該期間、SF短編を頻繁に発表しているにもかかわらず未収録。意外過ぎて大森望日下三蔵も未収録だと気づいていないのではないか。私が本記事を書くきっかけになったのも、このことを編者二人に報せなければという謎の義務感がスタートだった。この作家は当該期間に、早川・河出・光文社の媒体にSF短編を発表しており、それ以外も含めると10本を越える。果たしてこの作家の正体は――?

 

 

 

 

 

 

正解はこの人。

 

 

 

 

 

 

「え、年刊傑作選に普通に入ってたよね?」と思った人は、「嘔吐した宇宙飛行士」が『ゼロ年代日本SFベスト集成』と『日本SF短編50』に入ったことを勘違いしている。または田中哲弥作品と取り違えている。

 

ちなみに90年代以降、SFシーンで強い存在感を示してきたまんがカルテットの収録作は下記の通り。

 

北野勇作「はじめての駅で 観覧車」「ほぼ百字小説」「鰻」

小林泰三「時空争奪」「玩具」

田中哲弥「羊山羊」「夜なのに」

田中啓文 収録無し

牧野修「電波の武者」

 

「カルテットなのに5人いるぞ! 北野勇作はまんがカルテットじゃないだろ!」という鋭いツッコミが入りそうだが、私の脳内ではスムーズにこの5人の名前が出てきて「あれ、一人多い」となりググってようやく間違いに判明したので、せっかくなので並べてみた。あっぱれあっぱれ大卒ポンプ。10年代ベスト集成の北野作品は大卒ポンプを望む。

11冊あって小林泰三が2回きりというのは直感に反するが、牧野修が1本きりってのも気になりますね。「僕がもう死んでいるってことは内緒だよ」(『NOVA7』)とか好きなんですが。

ちなみに、まんがクインテットに広げたとき入ってくるミステリ作家、我孫子武丸も「プロジェクト:シャーロック」が収録されている。

それでは、前置きはこの辺りにして当該期間の田中啓文作品を並べてみよう。今回は可能な限りSFまたは超常要素のある全作品を拾う。Wikipediaよりも詳しいよ。

 

 

『ケータイLIVEDOOR』2007年7月配信「ミミズからの伝言」→『ミミズからの伝言』収録

異形コレクション ひとにぎりの異形』2007年12月「あるいはマンボウでいっぱいの海」→『イルカは笑う』収録

「問題小説」2007年12月号「悟りの化け物」→『逆想コンチェルト 奏の1』収録→『イルカは笑う』収録

『ハナシをノベル!! 花見の巻』2007年11月「真説・七度狐」「時たまご」

『NOVA1』2009年12月「ガラスの地球を救え!」→『イルカは笑う』収録

異形コレクション 喜劇綺劇』2009年12月「地獄の新喜劇」→改題し『地獄八景』収録

SFマガジン」2010年2月号「カッパの王」

異形コレクション 物語のルミナリエ』2011年「まごころを君に」→『イルカは笑う』収録

『怪談実話 FKB 饗宴3』2012年5月「怪(雑)談」書き下ろし

鉄人28号 THE NOVELS』2012年11月「夢のなかの巨人」

「月刊アレ!」2012年12月号「屍者の定食」→『イルカは笑う』収録

『NOVA9』2013年1月「本能寺の大変」→『イルカは笑う』収録

『ナイトランド』6号 2013年「歌姫のくちびる」→『イルカは笑う』収録

『SF宝石』2013年8月「集団自殺と百二十億頭のイノシシ」→『イルカは笑う』収録

人工知能学会誌』2013年11月 Vol. 28 No. 6「みんな俺であれ」→『イルカは笑う』収録

クトゥルーを喚ぶ声』2014年3月「夢の帝国にて」

『宝石ザミステリー2014夏』「怪獣惑星キンゴジ」→『宇宙探偵ノーグレイ』収録

『宝石ザミステリー2014冬』「天国惑星パライゾ」→『宇宙探偵ノーグレイ』収録

『SF宝石2015』「輪廻惑星テンショウ」→『宇宙探偵ノーグレイ』収録

SFマガジン」2015年4月号「怪獣ルクスビグラの足型を取った男」(星雲賞受賞作)→『多々良島ふたたび ウルトラ怪獣アンソロジー

『宝石ザミステリー 2016』「猿の惑星チキュウ」→『宇宙探偵ノーグレイ』収録

『こんなのはじめて』2016年2月「貝を吹く公達」

『地獄八景』2016年9月「地獄八景人情戯」書き下ろし

『地獄八景』2016年9月「地獄八景兵士戯」書き下ろし

『地獄八景』2016年9月「地獄八景科学戯」書き下ろし

『OUT TO LAUNCH』2016年11月 無題?

『主役コンプレックス』2017年10月「やまんばと小僧」

『宇宙探偵ノーグレイ』2017年11月「芝居惑星エンゲッキ」書き下ろし

 

見よこの作品数。

 

(ここには入れていないが)ミステリ作家としての活躍もしながら、ほぼ途切れなくSF/ホラー短編をコンスタントに描き続けている。もちろん100%のホラーであればSFアンソロジーには入れにくくなるのは道理だが、たとえば『クトゥルーを喚ぶ声』収録の「夢の帝国にて」などは、田中啓文×クトゥルー×『楽園の泉』(!)である。この作品は年刊傑作選巻末の推薦リストからも漏れている。

『宇宙探偵ノーグレイ』連作から一本が入っても良かったし、終盤に注釈の形で大量のギャグを詰め込む信長時代伝奇「本能寺の大変」、宇宙人の来訪に備えてイノシシを養殖する「集団自殺と百二十億頭のイノシシ」(最後のギャグが唖然とする)、怪獣図鑑に載せる用の足型をとる仕事「怪獣ルクスビグラの足型を取った男」などなど入ってもいい作品はたくさんあった。ミミズ養殖発掘あるある大事件小説「ミミズからの伝言」を小川一水「グラスハートが割れないように」と並べて疑似科学対決をしてもよかったし、短さでいうなら星新一リスペクト「地獄八景科学戯」やキイスの名作を落語にした「まごころを君に」やマンボウ養殖落語「あるいはマンボウでいっぱいの海」でもよかった。養殖しまくってるな……。私の最推しは超常現象の謎が意外な形で解かれる「カッパの王」である(ただ最後のギャグだけ元ネタが分からなかった)。当該期間の短編は『イルカは笑う』にある程度おさめられているが、独立短編はもう一冊分くらいある。

イルカは笑う (河出文庫)

イルカは笑う (河出文庫)

 

 

特に大森望日下三蔵田中啓文の作風を忌避している訳でもなく(それぞれ、編者を務める『ゼロ年代日本SFベスト集成』『日本SF全集』『日本SF短編50』に田中啓文作品を収録)、一回一回の偶然が積み重なった結果11年経ってしまったということだろう。ただ、これだけ作品を書き続けて収録が無しというのはもし自分だったらと思うと胃が痛いので、田中啓文作品に限らず、年刊傑作選の読者は編者が見落としていそうな作品を積極的に編者に推した方がいい。個人的なイメージだが、完全な新人の作品は大森望がおさえきっていて、第1・第2世代の作家の作品は日下三蔵がおさえきっている印象があるので、第3世代から07年までのデビュー作家の部分を誰かが見張っているべきではないか。この層は活動範囲がSF誌以外にばらけていつつ発表数も多いので全容を把握しにくいことも要因のひとつだろう。

 

 2018年に田中啓文のSF短編発表は(たぶん)ないので、2019年の田中啓文の活躍と、2020年発売の年刊傑作選への収録を期待する。